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ゆみちゃん…夏

八重咲きの向日葵が綺麗に咲いている夏の日のことでした。

ゆみちゃんが朝のお花の世話をちょうど終えた頃、なほさんの娘でもうすぐ五つになるかなちゃんが遊びに来ました。

身体が弱いゆみちゃんは通信教育で勉強しています。お花の世話は、昼間お外で働いているお母さんとの約束で6歳の頃から続けています。

今年はカミツレ草が沢山花をつけました。このお花はリンゴに良く似た甘い香りがします。だから虫も沢山やって来ます。それで今日はカミツレ草の虫とりもしました。ちょっとかわいそうですが、薄めた牛乳で洗い流すのです。

庭のカミツレ草全部を洗ってやると、疲れやすいゆみちゃんには大仕事になります。でも綺麗に虫取りをしたお花を、日曜日にお母さんと一緒に摘んで干しておくと、とても美味しいお茶になるのでした。

***

ゆみちゃんは、少しぐったりしていました。でも今日に限ってかなちゃんは、しきりにお外に出たがります。困ったゆみちゃんは今日なほさんがいるはずの「相談室」へ行ってみることにしました。今なら、お昼休みのはずです。待合室に入って行くと、受付の新井さんと、市民ボランティアの有田さんの娘さんで一度会ったことのある小さなみなちゃんがいました。

「新井さんこんにちは。 お客さん、かえった?」

「午前中の方はね。なほ先生、今講演会の打ち合せなの。ちょうどいいわ。有田さん、またみなちゃんつれて見えたの。ここで遊んであげてくれない?」

「うん。」

新井さんがみんなにも麦茶とクッキーをくれました。

少し元気になったゆみちゃんは、みなちゃんたちに絵本を読んであげたりしました。

絵本に飽きたかなちゃんとみなちゃんに、窓から見えるお花の名前を教えてあげていたときでした。

「ねえ、ねえ、ゆみちゃん、お姉ちゃんみたい。」

「あら、みなちゃん、お姉ちゃんがいるの?」

「えっとね、お山であったの。」

「?」

「あのね、お母さんがいなくなったときね、お話してくれたの。いっぱい。」

(あ、そういうことかぁ…。)

「そう、親切なお姉ちゃんに会えて、良かったね。」

「うん。でもね、消えちゃったの…。」

「消えちゃった?」

「うん。」

みなちゃんはそれっきり、「お姉ちゃん」のことは言いませんでしたが、このお話はゆみちゃんに誰かを思い出させました。

去年の秋に、一度口を聞いただけの女の子…。

あれは夢だったのかなぁ…。

珍しいお友達が来てはしゃぎっぱなしだったかなちゃんは、いつか眠ってしまいました。帰って行く時みなちゃんは、ふわぁっと笑って

「ゆみちゃん、また遊んでね。」

と言いました。ゆみちゃんは何だかふわふわした気持ちになりました。

帰り際になほさんが、

「この前、約束したものよ。」

と言って、小さな紙袋をくれました。

袋の中には細長く切られた小さな鏡が沢山はいっていました。ゆみちゃんが万華鏡を作ってみたいと言ったのを覚えていて、お友達のガラス工場に頼んでくれたのです。

「わぁ…。」

ゆみちゃんは早速、鏡を両手に取って向かい合わせにしたりして遊んでみました。

(お前は、自分で何かを生み出せる人間になりなさい…。)

ふと声が甦ってきました。

***

お父さんがまだ生きていた頃、ゆみちゃんは半年だけ普通の学校に通っていたことがあります。でもちょっと事件があって、ゆみちゃんはその学校をやめました。一週間入院してお家に帰る日、迎えに来てくれたお父さんは言いました。

「世の中には色んな人がいるし、みんな大変だからね。色んなことがあるんだよ…。お前は、むやみに人を馬鹿にしたり妬んだり疑ったりしないで、自分で何かを生み出せるようになりなさい。そうすればきっと楽しいこともあるからね…。」

「分かるかい?」

本当はなんだか良く分からなかったのですが、ゆみちゃんは黙って頷きました。

それ以来ゆみちゃんは、綺麗だとか面白いとか思ったものは取り敢えず作ってみることにしています。

「月ん子の自由展覧会に間に合うかも…。」

(そうだ、かなちゃんたちにも、作ってあげようか…。)

何だか楽しくなってきました。

お母さんが帰ってきた時、ゆみちゃんは居間に色々広げたまま、すぅすぅ寝息を立てていました。


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