とお子ちゃんとゆみちゃんのとっぷに もどる、 まえへ、 つづきへ
気がついたら、また朝でした。
座敷わらしのとお子ちゃんは千鳥山と椿山の間を流れる谷川に足を浸していました。
お天気が良く、岩だなの上ではホタルブクロが揺れています。
水もきらきら光っています。
「あぁあ…。」
そのままうつらうつらしていると、どこからか小さな子供の泣き声が聞こえてきて、とお子ちゃんはびくんとしました。
耳を澄ますと、その声は確かに千鳥山の林道から聞こえてきていて、どうやら夢ではないようです。
とお子ちゃんは山吹の茂みの陰で、そぅっと声の主の様子を伺いました。細かいひだのある明るい色の葉っぱと黄色い花の向うで、女の子がうずくまっています。
とお子ちゃんは女の子のそばに寄って行きました。
「どうしたんだい?」
女の子は、はっとなみだだらけの顔をあげると、また泣きだしてしまいました。その泣き声はとお子ちゃんをまたびくんとさせました。
ちょっと顔をしかめると、とお子ちゃんは女の子の柔らかい手を握り、両手やピンクの上着や赤いスカートから、土を払ってあげました。
見ると靴が片方脱げかけています。とお子ちゃんは「やれやれ」といいながら、女の子のぷくぷくした右足を靴にはめ込みました。最後に黙ったまま頭を撫でてあげると、女の子はピタッと泣きやんでふわっと笑いました。
「あんた、なまえは?」
「ありた みな、3さい」
おんなのこは指を三本立てて見せました。「みなちゃんか。もう、泣くんじゃないよ。」
そう言って、みなちゃんと手をつなぎ直すと、とお子ちゃんはとにかく歩きだしました。
いっしょに歩いて行きながら、とお子ちゃんは何となくお山の木や草の話をしました。
「これはね、ハナイカダ。葉っぱの上にお花が咲いてるだろ?そのうち、黒い実もなるんだよ。」
「こっちの木はナナカマド。これは若いけど、大きくなるともっと幹がガサガサになるんだ…。」
分かっているのかいないのか、みなちゃんは目を丸くして聞いています。
「あぁ、ショデコも生えてる。これ、ゆでるとおいしいんだって…。」
(…ある所には、あるんだな…。)
昔々、千鳥台より少し北の辺りに、ある殿さまの治める国がありました。
その頃、今の税金に当たる年貢は、殿さまがお百姓さんから、決まった量のお米で取り立てました。けれど、この辺りは少し寒くて、もともとお米を育てるのにあまり向いていません。
「お米、お米。何が何でも、お米…。」そう思った殿さまは、人々が不作の時に食べられるイラクサやクズ、タデやアザミが生えていた山間の土地も、みんな田んぼにしてしまいました。
だから2年後の寒い夏の年には、この国は、とても酷い飢饉になりました。
食べられなかったり病気になって、たくさんの子が死にました。育てられないからと、生まれてすぐに「間引かれ」た子もありました。そんな子供たちの何人かは、なんとなくあきらめ切れなくて、妖怪になりました。
その中に、ひとりの女の子がおりました。
(せめて、とおまで、生きたかったな…。)
だから、名前はとお子ちゃん。
いつの間にかみなちゃんはすっかりご機嫌になって、あちらこちらを見回しています。
「あんた、誰とお山に来たの?」
「まま」
「ふぅん…。」
とお子ちゃんは黙り込みました。
そのまま黙って歩いていたら、居心地が悪くなったのか、みなちゃんがまたぐずりだしました。
「あぁ、もう!泣くんじゃないって言ったでしょ!」
とお子ちゃんが思わず地団駄を踏んだその時です。
不意に後ろから
「みなちゃん!」
という声がして、振り返ったみなちゃんがそのままぱたぱたと走り出しました。
「ままぁ!」
「あぁ、良かった…。」
みなちゃんのママはみなちゃんを抱きしめて、何度も頬ずりしています。
とお子ちゃんは、何だかむかむかと腹が立ってきました。
気がつくと、落葉の混ざった砂土をみなちゃんめがけて投げつけていました。
みなちゃんのママは、咄嗟にみなちゃんをかばいながら、
「何なの!」
と叫んで、怖い顔でこちらを向きました。
けれどその視線は、とお子ちゃんを捉えることが出来ずに、一瞬凍りついた後、うろうろとさ迷うのでした。
とお子ちゃんはいたたまれなくなって、とにかくその場から姿を消しました。
「お姉ちゃん!」
というみなちゃんの声が、最後に耳に届きました。
気がつくと、とお子ちゃんはさっきの谷川を見下ろす大きな橋の上に佇んでいました。
どうして、いつも、こうなっちゃうんだろう…。
一体誰の意地悪で、こんなことになったの…?。
日に日に濃さを増す千鳥山の緑が何だか目に痛い午後でした。