とお子ちゃんとゆみちゃんのとっぷに もどる、 まえへ、 つづきへ
ゆみちゃんは千鳥台の中心街に程近いお家でお母さんと暮らしています。
大抵いつもにこにこしているゆみちゃんですが、きょうはなんとなく不機嫌です。
どうやら、月に一度開かれる集まり「月ん子の会」で何かあったみたいです。
今日、ゆみちゃんは亡くなったお父さんが昔作ってくれたパズルを集まりに持って行きました。
ところが、このパズルがある女の子にぼろぼろにされてしまったのです。
3、4人の友達と夢中で組み立てていたパズルがもうすぐ完成!というときでした。隣で別のゲームをしていたらしいその子が、突然どんっとゆみちゃんたちを突き飛ばしました。そして、パズルをめちゃめちゃに踏み潰したのです。
ゆみちゃんはもう、びっくりしてしまいました。呆気にとられて、始めは口が聞けませんでした。女の子は、パズルを踏み潰して気が済んだのか、信じられないほど しれっとしています。
ゆみちゃんはいつになく猛烈に腹が立ちました。
「なんてことするの! 謝りなさいよ!」
女の子は、口元を歪めてゆみちゃんを睨みつけていたかと思うと、身体をぶるぶる震わせて
「ばかじゃない…。」
と言いました。
ゆみちゃんは胸がずきんとしました。なんだか、この子の方がゆみちゃんよりも、ずっと怒って悲しんでいるような気がしたのです。間違ったことは言ってないはずなのに、何か悲しくなりました。
女の子はそのままぷぃっと背を向けると、駆けて行ってしまいました。
「待って!せめて、どうしてか言ったら?」ゆみちゃんはお部屋の出口まで、追いかけて行きました。でも、女の子はまるで消えてしまったように、廊下のどっちにも見当たりません。
パズルのそばに戻ると、ゆみちゃんはバラバラに散らばった空色の欠片の上に、そのまま座り込みました。
「弱い人や、いっぱい辛い目にあった人はね、謝ったりお礼を言ったりなんて、出来なくなってしまうことがあるのよ…。」迎えに来てくれたお母さんの妹の なほさんが、つぶやくように言いました。「さぁ…。もう、泣かないで…。」
不思議なことに、今日のあの女の子について、誰も詳しいことを知りませんでした。ひとりかふたりがなんとなく、「とお子ちゃん」という名前を覚えていましたが、名簿にはないお名前でした。
「間違っていないことでもね、役に立たないこともあるのよ。」これも なほさんの口癖でした。ゆみちゃんにも、それはなんとなく分かります。
「それでも…、」ゆみちゃんは納得が行きません。「なんだか、ずるい…。」
手をつないで歩くゆみちゃんと なほさんの頬が山吹色に染まっていました。