園子さんのとっぷにもどるまえへはじめへ


そして秋

雪絵さんにとって、これまでになく活動的な夏が過ぎました。

9月の中頃のある晩にも、雪絵さんは園子さんと待ち合わせしました。
お祭りの夜、園子さんが

「来月には、お城の公園で萩を見ない?」

と言っていたのです。この頃はようやく暑さも盛りを過ぎて、雪絵さんの心は弾んでいました。夕暮れの公園に吹く風には、もう秋の匂いがします。

園子さんは心持ち蒼い顔をして公園に現れましたが、雪絵さんを見ると、いつものように朗らかな笑みを浮かべました。二人は暫く公園の中を歩き回ると、萩のひときわ見事な植え込みのそばに並んで腰を下ろしました。

紫色にけぶる長い枝々が風にそよいで、二人に向かっててんでにお辞儀をしているようです。見上げていたら、どこかで虫が鳴きました。

どの位花を眺めていたでしょうか。

「実はね。話さなきゃいけないことがあるの。」

下弦の月が昇って来た頃、園子さんが口を開きました。

「私、今日でお別れしないといけないの。」

「え。」

「この町での仕事はもう終ったから。」

***

「私の仕事は、南からこの町に春や夏の便りを運ぶことなの。」

雪絵さんは黙って聞いてました。

「もう、北からの便りの精が来て、ちらほらお仕事始めてるのよ。」

「そう。」

「だからもう帰らないといけないの。私がいつまでも居ると、色々こまったことになるから。それにこの頃はもう、私には寒過ぎるし…。分かってたんだけど、どうしても今日まではこの町に居て、一緒に萩を見たかったのよ。」

「また、会える?」

雪絵さんはやっとそれだけ訊きました。

「うん。春と一緒にまた来る。」

***

明け方帰ってきた雪絵さんは、部屋に掛けてあった着物を眺めました。

水で洗うと流れてしまうつゆ草の汁で、園子さんが描いてくれた模様が惜しくて、何となくお祭りの夜からそのまま掛けておいたのです。

「新しい着物、織ろうかな。」

そんなことを考えながら、雪絵さんが袖に手を触れた時でした。青い柄がふんわり滲んで、すぅっと消えて逝きました。後に残ったのは、元の雪女の白い着物でした。

「園子さん、本当に帰ったんだぁ。」


(あのね、園子さん。私は雪女なんだよ。)

「そう言えば、言いそびれちゃったな。」

「ま、いぃかぁ。」

視界の端の窓枠が、ちょっとだけぼやけて見えました。

「園子さん、またね。元気でね。」

***

山駆けから戻って来たふぶきが雪絵さんに声をかけました。

「あの子、行ったのかい?」

「え。」

雪絵さんはびっくりしました。

「ええ…。ふぶき、知ってたの?」

「まぁね…。だいじょうぶかい?」

「うん。だって、ふぶきもいるし…。」

「ひとつ訊いてもいいかい?」

「なあに?」

「あんた、あの子が人間じゃないってこと位は、気がついてたかい?」

「え…。うぅん。」

「やっぱりね。」

痛いところをつかれたと思いつつ、雪絵さんは言いました。

「だって。園子さんは園子さんじゃない。」

「…まぁね。」

ふぶきがひとつあくびをしました。

(さぁ、ちょっとだけだけど、私も眠らなきゃ。)

7時過ぎ、雪絵さんはまた学校に出掛けます。


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