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ゆうかちゃんのお休みのお話

よく晴れた七月の昼さがりのことでした。
お日さまのような うすいきいろのシャツに、なつぞら色の ジャンパースカートをはいた、ほいくえんの ねんちょうさんくらいの 女の子がひとり、まちを とぼとぼと 歩いていました。

スカートより 少し こい色の ぬのぐつをはいて、せなかに小さな こげ茶いろのリュックをしょって、かたまでの かみを ふたつに分けて むすんだ頭に、白いぼうしをかぶっています。

名前を ゆうかちゃん といいました。

ゆうかちゃんは けっこう こまっていたのですが、「なかないぞ」ときめて、 きまじめなかおで きゅっと くちびるを かんでいました。

そう、なかなかの しっかりものなのです。 なにしろ ゆうかちゃんは 子どもながら、まいにち おしごとを しているのですから。

***

そんなとき、とおりがかりの あおばだんちの こうえんで、ゆうかちゃんは なかよくあそんでいる 女の子たちを見つけました。

その中から バドミントンの 羽を ひろいに とびだしてきた ひとりと、 ゆうかちゃんの目が あいました。

(どうか、おんなじに なりませんように。)

ゆうかちゃんは おもわず 心の中で いいました。

じっと見つめている ゆうかちゃんに、女の子は けげんな かおで
「あなた、だれ?」
といいました。ゆうかちゃんは どきどきしながら、
「あなたはだれ?」
といいました。

「きいているのはわたしでしょ!」
「きいているのはわたしなの…。」

「なによ、へんな子!」

女の子は くるりと せをむけて、おともだちの ほうに 走って行って しまいました。

「なによ、へんな子って…。」

とりのこされた ゆうかちゃんは、また くちびるを かんで つぶやきました。
(あーあ、やっぱり おんなじに なっちゃった。)
ゆうかちゃんは かなしくなりました。

「へんな子」って いわれても、ゆうかちゃんには ゆうかちゃんなりの わけが あったのです。

***

ゆうかちゃんは ちどり山とつばき山の あいだを走る「おとしご けい谷」の たにがわを ずっと さかのぼって行った あたりの、山の中で くらして いました。

ふだんは そこにくらす なかまと いっしょに おしごとを していました。 それぞれに なくてはならない やくめがあって、小さいながら たよりにされて いたのです。

その日、ゆうかちゃんは とつぜん、なかまの おねえさんや おばさんたちに よばれました。

しらかばの きりかぶに すわった ゆうかちゃんに、おばさんの ひとりが いいました。

「ねえ ゆうか、おまえは よくやってるよ。
ただ、おまえみたいな小さい子が、まいにち きびしくきまりを
まもって おしごとするのは たいへんだろう。」
「たいへんだなんて…。」

ゆうかちゃんは おしごとに ほこりを もっていました。
(ただちょっと、いちどでいいから、おなじくらいの子と あそんでみたいと思うだけで…。)

「だからね、きょうは みんなで おまえに、おやすみをやろうと 思うんだ。」

**

   すてきな おくりもの、すてきな おやすみ、…になるはずだったのに。

   なんだか、うまく いかないの。
   どうして、うまく いかないのかしら。

   さっきなんか あきらくんとかいう 男の子に、いきなり たまねぎを ぶつけられて、 だいじなリュックのなかみが、だいなしに なるところだったし。

   どうしても うまく いかないの。

***

道ぞいの はぎの うえこみに かくれるようにして、とぼとぼ 歩いていた ゆうかちゃんは、いつのまにか 小さな こうえんに来ていました。

この ちどりだいの町には、なみきのある 気もちのよい みちが あちらこちらに つくられていて、そのところどころが こうえんに なっているのです。

入り口の わきの ふとい くいには、
「あさがお こうえん」
とかいて ありました。

名前のとおり、真ん中の花だんには、何本もの あさがおが うえられて いて、ならんだ たけざおを はいのぼる いっぽんいっぽんの つるの まわりに、 それぞれ たくさんの つぼみと、 けさ さいて しおれた らしい、いくつかの お花が ついていました。

でも、あさがお ですから、いま さいている お花は いちりんもありません。

ゆうかちゃんは あさがおに せをむけて、花だんの よこの ベンチに こしかけました。 そうして、ふうっと ためいきをついて、しょっていた あさぬのの リュックを おなかに かかえこみました。

それからリュックの 口をあけて、中から うすい 茶いろの あさぬのの つつみを ひとつ、そっと とりだしました。

つつみの口をそっとひらいて、中をのぞきこんで見て、ゆうかちゃんは また、 ふうっと ためいきをつきました。
そして、つつみを そのまま リュックといっしょに、おひざの上におきました。

そのときです。
ゆうかちゃんが いま とおってきた 入り口から、ふたりの 女の子が入って きました。

ひとりは こしまで とどく まっすぐのかみを、かたのところで しばって いて、むねの ところに おはなの ついた、こいピンクのシャツに、 ジーンズのスカートを はいています。
もうひとりは くるくる まきげを ゆらして、あわいオレンジ色のTシャツに、 あかい スパッツを はいています。
そしてふたりとも、まあるいほっぺたと くりくり よくうごく おめめをして います。

ふたりはベンチのゆうかちゃんに 気がつくと、だまって たちどまりました。

じっと目を みひらいた女の子たちは、いきをのんで ゆうかちゃんを見つめ ました。

ゆうかちゃんは 思わず びくんとして にげ出したくなりましたが、そっと ふたりを 見かえしました。

(ああ、こんどこそ、おんなじに なりませんように…。)

いのる気もちで ゆうかちゃんは、ふたりの かおを 見つめました。

ピンクのシャツの女の子が、
「こんにちは」
といいました。

そのしゅんかん、ゆうかちゃんは ひどく ほっとしました。 そして、
「こんにちは」
と あいさつを かえしました。
「あなた、だあれ?」
「あなた、だれなの?」

ピンクの子は いきなり ききかえされたせいか、ちょっとむっとしましたが、 むねをそらせて はっきりと、
「わたしは はる!」
と いいました。

ゆうかちゃんは ほんとうに ほっとしました。そして、
「わたしは ゆうか。」
と いいました。

「わたしは やよ!」
まきげの 女の子が、うれしそうに さけびました。
「わたしは ゆうか。」
ゆうかちゃんが またいいました。

「それはもうきいたよ。」
はるちゃんと やよちゃんが いいました。
「それはもうきいたか。」

ゆうかちゃんは 思わず わらって、リュックを しょいなおし、 さっきだした つつみを スカートのポケットにつっこんで たちあがりました。

「いっしょに いろみずやさん、する?」
やよちゃんがいいました。

「いっしょに いろみずやさん、するよ。」
ゆうかちゃんは こたえました。

はるちゃんと やよちゃんは、あさがおの 花だんに ちかづいて、しおれた 花を あつめはじめました。

「あさがおの いろみず つくるの」
はるちゃんが いいました。
「あさがおの いろみず つくるのね」
ゆうかちゃんが いいました。

「しおれた お花、つかうの!」
やよちゃんが いいそえました。
「しおれた お花、つかうのね。」
ゆうかちゃんが こたえました。

「つぼみは とっちゃいけないんだよ。」
はるちゃんが おしえてくれました。
「つぼみは とっちゃいけないのね。」
ゆうかちゃんが うなずきました。

「あした、さくかも しれないから!」
やよちゃんが こえ高らかに いいました。
「あした、さくかも しれないものね。」
ゆうかちゃんが わらいました。

ふちに ひびの入りかけた 白い ふるびた おちゃわんに、 しおれた あさがおの花を いれて、まあるい石で すりつぶし、水のみばで くんだ お水を入れました。 すると お水は、花の かずのちがいで、あるときは こく、 あるときは あわく色づきました。

あおい お花で あおい いろみず、あかい お花で あかい いろみずが できました。

やよちゃんが、プリンの あきカップに 入れた いろみずを、 つぎつぎに ならべて ゆきました。

カップの おみずは かぜに ふかれて、ピチャピチャっと なみだちました。

「おかね、どうしようか。」
はるちゃんと やよちゃんが いいました。
「おかね、どうしようね。」
ゆうかちゃんは いいながら、ふと、ポケットの つつみを とりだしました。

そして ちょっと ながめると、だまってリュックから おなじ つつみを あと ふたつ とりだして、はるちゃんと やよちゃんに、ひとつずつ さしだしました。

つつみをあけてみた ふたりは、
「わあっ。」
と くちぐちに こえを あげました。
中には きいろや あかや オレンジの きいちごが いっぱい 入っていたのです。

「これ、おかねにしよう!」
「これ、おかねにしようね。」

ふと、はるちゃんが けげんな かおをして、
「ゆうか、へん!」
といいました。ゆうかちゃんは どきっとして、
「ゆうか、へんかな。」
とききました。
「だってさあ、まねばっかり!」
「だってさあ、まねばっかり、か。」

かおを くもらせた ゆうかちゃんを見て、はるちゃんは、
「でも、いいよ。」
と くびを 大きく たてに ふりながら いいました。
「でも、いいの?」
ゆうかちゃんは ほっとしました。

「ゆうか、へん!」
こんどはやよちゃんが、わらいながら いいました。
「ゆうか、へんか。」
ゆうかちゃんも わらいました。

「なんにしましょうか?」
「なんにしましょう…。」

「あかい いろみず、いいですよ。」
「あかい いろみず、いいですね。」

「きいちご、みっつに なります。」
「きいちご、みっつに なるのね。」

ゆうかちゃんは じぶんの つつみから、きいちごを 出して はるちゃんに さしだしました。はるちゃんが それを うけとると、やよちゃんが こいピンクの いろみずの なみなみ入ったカップをひとつ、りょう手で わたして くれました。

カップを うけとった ゆうかちゃんは、思わず、あふれそうな いろみずの みなもに、ふうっと いきを ふきかけました。あたりの かぜが たちまち とき色に そまりました。

「はるもやる!」
「はるもやるのね。」

はるちゃんは いきおいよく うなずくと、すぐ手もとに あった あおい いろみずを ふうっと ちからいっぱい ふきました。

こんどは かぜが 空色に そまりました。

「やよも!」
「やよもね。」

やよちゃんは りょう手に ひとつずつ カップを もって、ふうっ、ふうっ、と たてつづけに ふきました。

空色の かぜと、とき色の かぜが ふきました。

三人の女の子は むちゅうになって、かぜを だんだらもように そめあげました。

しばらく あそんで いたら、三人とも おなかが へりました。

「きいちご、たべて いい?」
やよちゃんが げんきよく ききました。

ゆうかちゃんは ベンチに こしかけて、きまじめな かおで リュックの なかを のぞきこむと、すぐ ほっとしたように かおをあげて、
「きいちご、たべていいよ。」
とこたえました。

そうして、つつみを あとみっつ 出して、ふたりに ひとつずつ あげました。

「あそこで、手、あらおう!」
はるちゃんが 水のみばに かけだしました。
「あそこで、手、あらうのね。」
ゆうかちゃんと やよちゃんも おいかけました。

三人はベンチに ならんで かけて、きいちごを つぎつぎに、ほおばりました。

***

もう気づいているかも知れませんが、ゆうかちゃんは お山で、とおくの 音を まねっこする おしごとを していました。

男の人のこえをまねする やまびこさんたちと、女の人のこえを まねする こだまさんたちが、ゆうかちゃんの かぞくでした。

子どもの声をまねするために、こだまさんや やまびこさんには、子どもも いなくてはなりません。

だから、ゆうかちゃんは 小さいとはいえ、いちにんまえの こだまさんでした。

「わたしたちは いつも、にんげんの ことばは まねするしか ない。
でも、きょうは お休みだからね。町に ついたら、人のことばでも、
さいごの ほうの ふたつか みっつの 音は、かえてしゃべって いいからね。」

「このリュックサックを しょって お行き。
みんなで つんできた きいちごが 入ってる。おなかが すいたら、たべると いいよ。」
「うん。」
「でも、気を おつけ…。」

***

みんなが、じぶんの きいちごを たいらげて かおを あげると、 まるで さっき そめた かぜが、広がっていったように、とき色の くもが 空に うかんでいました。

西の山なみの少し上から、 お日さまの ひかりが きいろく さして、 みんなの ほっぺたを てらしています。

どこからか、オルゴールのおんがくが きこえてきました。
「夕やけの おうただ!」
「夕やけの おうたね。」

「かえらなきゃ。」
「かえらなきゃね。」

「おかたづけしよう。」
「おかたづけ、しようね。」

はるちゃんが おちゃわんをあらい、やよちゃんと ゆうかちゃんが カップをあらって かさねて ゆきました。

(もう、おわかれだ。)

ゆうかちゃんは かなしく なりました。
ふたりに なにか あいさつが したいのですが、いくら おやすみでも、 じぶんの ほうから はなしかけることは、ゆうかちゃんには できません。

しばらく かんがえたあと、ゆうかちゃんは なにか けっしんしたように ひとりで うなずいて、リュックから きいちごの つつみを ひとつ とりだしました。

どうやら これが さいごの つつみでした。

ゆうかちゃんは つつみの きいちごを はんぶんこ すると、 あらった ふたつのカップに 入れました。そして はるちゃんと やよちゃんに ひとつずつ さしだして、だまって うなずきました。

ふたりが
「ありがとう!」
といいました。
ゆうかちゃんは ぱっと あかるい かおになって、
「ありがとう。」
と いいました。

「ばいばい。」
「ばいばい。」

いそいで 歩きだそうとした ゆうかちゃんのせなかに、はるちゃんと やよちゃんが こえを かけました。
「また あそぼうね!」
ふりかえった ゆうかちゃんは、ぱっと まえばを ゆうひに そめて わらいました。
「また あそぼうね!」

***

お出かけするまえ、こだまの おさの おばさんは 言ったのです。
「でも、気をおつけ。ひとの ことばを たとえ少しでも かえてよいのは…。」

**

(もう、いつもの まねっこ いがい、だれとも 口を きけないんだ。)

まっすぐ 歩く ゆうかちゃんの 歩はばが 知らず知らず 大きくなりました。

(でも、)

「また あそぼうね!」

ゆうかちゃんの むねに、ふたりの こえが、くりかえし ひびいていました。

もうすぐ 町はずれ。さあ、ゆうかちゃんは かぜに のって かえります。

**

お山に もどった ゆうかちゃんを、おねえさんたちが まってて くれました。

「どう? たのしかった?」
「たのしかった!」
「なにをして あそんだの?」
「いろみずやさん!」

まあるい 月が のぼって いました。




このお話は、「はるとやよ」に捧げるものなので、仮名が多めになっています。


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