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やまいぬのふぶきのお話

今夜もブナや楓の色づき始めた千鳥山の、尾戯城跡の石垣の上で、ふぶきが月に吠えています。

「のをあぁる、とをあぁる、やわぁ…」

その声は風に紛れて、遠く流れて行きます。

***

白いやまいぬの妖怪ふぶきは、雪女の雪絵さんと、椿山中腹の新興住宅地のあたりで暮らしています。

やまいぬを飼えるアパートなどないので、「どこか」は秘密です。

夕方、学校から帰ると、雪絵さんはときどき、ふぶきの散歩…ではなくて山駆けにつき合います。ふぶきは一通り駆け回ると、千鳥山の頂近くで、よく月に向かって吠えます。その声が雪絵さんには「帰りたいよう…」とか「帰れないよう…」と聞こえることがあります。

ふぶきはもともと雪絵さんが「飼って」いたわけじゃありません。やまいぬは誰にも「飼われ」たりしませんし、雪女さんは誰のことも「飼っ」たりはしませんから。

ふぶきは古里の山から雪絵さんについて来たのです。

***

昔々、雪絵さんがまだ雪ん子だったある冬の夜、姐さんたちと吹雪を吹かせていた雪絵さんは、小さなやまいぬの仔が親とはぐれてナラの木の根本にうずくまっているのに出会いました。

咄嗟に「寒いの?」と訊くと、仔犬は「寒い。」と鳴きました。雪絵さんは「我慢してね。今夜は吹雪なの。」と言うしかありませんでした。まぁ、あまり気の利く方ではなかったのです。

幸い仔犬は、命をとりとめ、ある群れに入って成長しました。

雪絵さんと仔犬はその後も、まぁ顔見知りだったので、会えばときどき話もしました。「吹雪の夜に会ったから『ふぶき』」。雪絵さんは仔犬をそう呼びました。

ところが、ふぶきは二年後の大雪の冬、ふとした事故で命を落してしまいました。でも、その後もなんとなく、ふぶきは妖怪になって群れの近くにとどまっていたのです。雪絵さんとはやっぱり、たまに会ってあいさつする位でした。

そんな風にして何年も何年も経ちました。

山も世の中も随分変わり、もともと好奇心の強かった雪絵さんは、町の学校に行ってみようと決めました。それで次にふぶきに会った時、「町に出るから、少し長く会えない。」と言いました。すると、ふぶきは暫く考えてから、「ついて行ってもいい?」と訊いたのです。雪絵さんはなんとなく「いいよ」と答えました。

***

山桜の枝に腰かけて数学の問題を解きながら、雪絵さんはぼんやり思います。

(今日特売だったソーセージ、欲しいって言ったら、一本あげよう…。)

ふぶきの声が途切れるまでに、後何題解けるかな。

まぁるい月が頭の上を過ぎました。


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