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いつか出会ったおばあさんのお話

雪絵さんがまだ学校に入りたての頃のお話です。

ある初夏の日曜日の昼下がり、雪絵さんは散歩をしていました。初めての町の夏の暑さは少し堪えるものでした。それで身体慣らしを兼ねて、家々の庭に咲く花や実りかけの苺を見ながら、ゆっくり歩いていたのです。やまいぬのふぶきは暖かくなったのが嬉しいのか、ひとりで彼方此方を駆け回っていて、この頃は夜以外、あまり姿を見せませんでした。

花の終った雪柳の揺れている小さな公園の前で、ひとりのおばあさんに会いました。道端で一生懸命何かを拾っています。雪絵さんが「こんにちは」というと、おばあさんも「あら、こんにちは」と言いました。

「なにしてるんですか?」と訊くと、「空き缶の金具集めてねぇ、車いす寄付してる人たちがいるのでねぇ、そこにおくるのよぅ。」と、にこにこしながら、ゆっくり答えてくれました。雪絵さんは(あぁ、この、山にも沢山落ちてたものね。これ、そんなに役に立つものだったんだぁ…。)と思いながら、一緒に拾ってあげました。

おばあちゃんの顔見知りらしい人にも何人か会いました。みんなに話しかけられる度に、「わたしもねぇ、いつ、人のお世話になるか分からないからねぇ、出来ることはしたいのよぉ…。」と、照れ臭そうに、でもちょっとはしゃぐように、おばあちゃんは答えていました。

そのまま一緒に拾っていると、やがて、その辺りには金具が見当たらなくなりました。
「あぁ、こんなに、集まった。ありがとぅねぇ。」おばあちゃんは無邪気に笑いました。雪絵さんもなんとなく笑いました。

「こんな、会ったばっかりなのに、やさしくしてくれて、ありがとうねぇ。」

「おねぇさん、ごはんたべていきなさいよぉ。」

(えっ。)雪絵さんは驚きながらも、なんとなくそのまま、ついて行ってしまいました。小さな山の中腹の古めの住宅地に差し掛かり、家々の塀の間を縫って、道は曲がりくねっていました。

おばあちゃんの家は、こじんまりした門構えの小さな2階屋でした。門を入って見ると、所狭しと並んだプランターや花壇に、色々植えられていました。おばあちゃんはそうした野菜やお花のことを、一生懸命喋ります。「これはねぇ、◯◯牡丹。そうだ、もうひと鉢あるから、咲いたらあげるわねぇ。」

結局そのままパンとジャム、ミルクと卵のお昼御飯をご馳走になりました。

途中で帰ってきたおじいさんは、雪絵さんがあいさつしても、軽く会釈をしただけで、ぷいっと行ってしまいました。(どうしよう、雪女だって、ばれたのかしら。)(おばあちゃん、後で叱られるんじゃないかしら。)雪絵さんは心配になりました。「だいじょうぶよ。あの人、無口なの。」おばあちゃんは言いました。

お礼を言って玄関を出ようとした雪絵さんを、「本当に、またいらっしゃいねぇ。◯◯の鉢もあげるから…。」という声が、追いかけました。雪絵さんは振り返って、もう一度お辞儀をしました。甘えちゃいけないとも思いつつ、何かお礼がしたくなりました。

雪絵さんは次のお休みに、もう一度おばあちゃんを訪ねて見ました。お土産に、前の日に作った苺ジャムを持って行きました。けれども家は静まり返って、ベルを鳴らしても返事はありません。一瞬、ジャムをポストに置いて帰ろうかと思った雪絵さんでしたが、雪女風の薄味のジャムが、悪くならないか心配でした。

翌週出直すことにして、帰りかけた雪絵さんの胸に一抹の不安がよぎりました。

(やっぱり、ばれちゃったのかなぁ。)

(ま、いぃかぁ…。)

***

結局、あのおばあちゃんには、それっきり会っていません。次の週は暑い日ばかりで、雪絵さんは週末になった途端に、とろとろと寝込んでしまったのです。冷やして取っておいたジャムも、かき氷にかけて食べてしまいました…。

(でも、あれで良かったんだ。)

雪絵さんは思います。牡丹を枯らせない自信もないし。けれどいまでも、暑い日は時々、あの日のことを思い出すのです。

「こんな、あったばっかりなのに、やさしくしてくれてありがとね…。」


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