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お花の精の都さんのお話

都さんは一見普通の綺麗なお姉さんです。

いつの頃からか、千鳥台の町に出没するようになりました。

よっぽどお花が好きなのか、いつも季節のお花の色の服を着ています。それ以外のことは一切不明…。

今日も夕暮れ時の町のどこかで、都さんがのほほんとお散歩しているようです。

***

しんと寒い千鳥台の梅雨の雨の中、真由ちゃんは困っていました。校門を出たところで、突然傘が壊れてしまったのです。これから遠いお家まで、傘をささずに帰らなきゃ…。でも、何とかならないかしら…。幼いながら勝気な真由ちゃんは誰に「助けて」とも言えずに、しばらく校門脇の木の下で壊れた傘と格闘しました。そんな時です。

「傘、壊れちゃったの?」

後ろから女の人の声がしました。振り返るとそこには、ちょうど校庭で満開の紫陽花の色の服を着た、高校生位のお姉さんが立っていました。真由ちゃんは黙って頷きながら、思わずお姉さんをじろじろ眺めました。

お姉さんはいいました。

「お家どこなの?わたし、良かったら、傘、差して行ってあげる。」

「えっ…。あ、ありがとう。」

真由ちゃんは嬉しくなってお姉さんと手を繋ごうとしました。すると、お姉さんは

「知らない人と手を繋いじゃ駄目。私が恐い人だったら、あなた、困るでしょう? 傘、差していてあげるから、好きな方に歩いてお行きなさいな…。」

と言って、花が綻びるように笑いました。

(ふぅん。)

真由ちゃんは歩きだしました。するとお姉さんは本当に真由ちゃんの横を付かず離れず、傘を差しかけてついてきてくれるのでした。自然公園の前を通って、団地を抜けて、ガソリンスタンドとコンビニの間の長いバス通りを行きました。真由ちゃんは何だかしみじみ嬉しくなりました。だけどちょっと怪しく思わずにもいられません。

「お姉ちゃん、どうしてそんなに優しいの?」

「出会ってしまったからよ…。」

「出会うとどうして優しいの?」

「いつかお別れが来るからよ…。」

何だか訳が分かりません。

「それだけ?」

「うん、それだけ。」

やがてお家の隣のドライブインが見えてきました。ここまで来れば走ってすぐです。

「お姉ちゃん、ありがとう。」

「どういたしまして。元気でね。」

お姉さんはにっこりと笑いました。

お家に向かって走り出した真由ちゃんは一度だけ振り返って大きく手を振りました。

お姉さんが嬉しそうに手を振り返してくれました。

(さようなら。)

最後にお姉さんの声が聞こえたような気がしました。

お家につくとお母さんがいいました。

「あらあら、傘、壊れちゃったのね。でも、良かったわねぇ、あんまり濡れないで。すぐ近くで壊れたの?」

「うぅん、校門のところで壊れちゃったの。」

「あら、なら、誰かと一緒に帰ってきたの?」

「えっ? うぅん、違う、…と思う…。」

(あれ、わたし、どうやって帰ってきたっけ…?)

***

千鳥川のほとりのハンの木の幹に寄りかかって、都さんは夕焼けを眺めます。

(さっきの子、笑ってた。)

胸の中で白い小鳥が羽ばたくように、ほのかに嬉しい気持ちがします。

また一日が終ります。


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