ぷろふぁいるのぺーじにもどる、 まえのたわごとへ、 つぎのたわごとへ
花はとても好きです。もともと好きだったのですが、以前、何年か独り暮らしをしていたS市で更に花好きになりました。日本画を習い始めた動機の一つも、大好きな花の絵を上手に描けるようになりたいからでしょう。
S市の街の四季折々の美しい佇まいは、私の中の街、千鳥台にも少なからぬ影響を与えています。彼の地では、春ともなれば梅、辛夷、雪柳、レンギョウ、桜、椿、八重桜、ツツジなどが次々に咲き乱れます。5月にバス通りになっている山道沿いに生まれて初めて桐の花を見たのもS市でした。藤棚に咲く藤でなく、山に自生してマント植物としての機能を果たしている藤の花もS市で初めて見ました。バスの便の関係で隣のバス停から目的地まで歩いていて、道端に菫の花を見つけたりもしました。
そうそう、キイチゴの木も山間のバス通り沿いに沢山生えていました。「実がなったら摘みに来よう。」といつも思っていたものですが、その都度忙しかったり具合が悪かったりで果たせませんでした。きっと、あのイチゴたちは、鳥や獣たちのご馳走になったことでしょう。
一人で知らない町に住んでいたりすると、元気な時はいいのですが、寝込んだ時には少し困りました。もともとあまり知合いがいないところに持ってきて、アパートがあったのが綺麗な代わりに交通の不便な所だったため、非常時ほど頼れる人がどなたもいらっしゃらなかったり…。まあ、人間、本当に困った時にはかなり手詰りになるものですよね。
けれどそんな時にも、起き上がれるようになって病院へ行く道すがら(本末転倒ですね…。)などに、けぶるような満開の萩がこちらに向かって手を差し延べるように枝を延ばしているのに出会ったりすると、とても心が浮き立ちました。
人間は危害を加えられると相手を恨んでしまったりする瞬間もありますが、花は誰に何をされてもなんにも言わず、(本当は「痛てっ」とか思っているのかも知れませんけど。)ただそこに在るだけで人を救う力を持っている…。「敵わないなあ。」という感じがあります。
秋の萩、冬の山茶花、春の辛夷、初夏の藤と桐の花に、真夏の八重の向日葵…。
名前を知らないものも含めると、S市には、殆んど途切れることなく一年中何らかの花が咲いていました。そんなこんなで、千鳥台には私がS市で見たことのある花は大抵咲くことになっています。(こういう節操のない花全般への愛着から、紫陽花の精でも山茶花の精でもない『花の精』の都さんが生まれました。)
今住んでいる街にも、色々な花が咲きます。S市でお馴染みだった花の大部分はここでも良く見掛けることができます。けれど今の住まいは照葉樹の北限より北なので、椿や山茶花は温室でしか見られないかもしれません。その代わり最近は、リラ、ラベンダー、バラ、それに百合やハマナシと顔馴染になりました。それにもうひとつ、忘れてならないのは、街路樹に沿うように彼方此方に植えられている、夏のタチアオイ…。これらの花たちも、千鳥台の町に少しずつ植えられて行くかも知れません。